2009年 04月 02日
だいぶ前から知っていたはずなのに、なぜか読んでいなかった論文 Akiyama Y, Iwabuchi K, Furukawa Y, Morishima K. Culture of insect cells contracting spontaneously; research moving toward an environmentally robust hybrid robotic system. J Biotechnol. 2008 Jan 20;133(2):261-6. 近年メカニカルシステムやケミカルシステムにおいても、微細化の研究が盛んに行われています。メカニカルシステムについては、磁力や圧力を用いた技術を扱うデバイスを小さくしていくことによる"top-down"アプローチと、ミオシン-アクチン分子モーターのような小さなものから構築していく"bottom-up"アプローチがありますが、前者はデバイスの外部に大きなシステムが必要でエネルギー効率も良いとは言えず、後者は技術的に困難です。著者らはその中間のアプローチとして、筋肉細胞を用いたバイオアクチュエイターの開発を行いました。 生物組織を用いたデバイスとしては、蚕の触覚を用いた高感度ガスセンサー、カエルを用いた水泳ロボット、心筋で構成したデバイスなどが過去に報告されていますが、生きた細胞だけで機械の構成成分をなすデバイスは未だ報告されていません。また、昆虫の筋細胞をデバイスとしての利用という視点から扱ったのは著者らが初めてで、昆虫細胞を使うメリットとして、温度感受性が低く、pHの変化にも慣用で、対応できる浸透圧の幅も非常に広いなど、閉鎖系での利用にも非常に適しているのが分かります。 著者らはカイコとキクキンウワバの背脈管を用いて実験を行いました。供試虫を表面殺菌した後解剖して、背脈管を取り出します。それをMM培地、TC-100培地、IPL-41培地、グレース培地などに静置して自発的な収縮の有無を見ました。カイコではどの培地を用いた場合にも収縮を観察することはできませんでしたが、キクキンウワバの場合には、TC-100培地(10%FBS)を用いた実験で、18日以上も収縮を確認することができました。 1週間以上の間、全くのエネルギー補給を必要とせずに動き続けられるデバイスとして、今後の応用が期待されます。また、グルコースなどの化学エネルギーを非常に効率よく運動エネルギーに変換することが出来るので、エネルギー問題の解決に役立つことも期待されています。 論文の中で、大きな筋肉組織を作ろうとすると血管が無いために内部の細胞が死んでしまう、ということが書いてありましたが、トンボの大きな筋肉なんかを見ていると筋肉中に気管がたくさん走っているのが分かります。in vitroで血管を再現するのはなかなかに困難でしょうが、気管であればかなり実現可能ではないかと思いました。実際に大型細胞培養装置の中には、培養器中に中空のシリコンチューブを通すことで酸素をよく溶かす技術もありますしね。 この話を私のボスが知ったとき、トレーいっぱいのカイコを持ってきて背脈管を培地の中で動かすように私に言いました。納期を聞くと、明日までということでした。早速ベンチに実体顕微鏡を持ち込んで作業をはじめたのですが、解剖しても背脈管が全く見当たらない。どうにもならないのでベンチでの作業を諦め、有菌条件下で元気なカイコを解剖してみると確かに脈打つ透明な組織がありました。どうも背脈管が無色である上にエタノール麻酔によって容易に止まるため、見つかりにくくなっていたのです。見えないけど確かにあるのだな、と気付いても見えないものは見えませんからなかなかうまくいきません。結局空が明るくなり始めたころトレーいっぱいのカイコはほとんどいなくなり、エタノールに浅く漬けて動いているうちに培養を完了させるという荒っぽいやり方で、動かすことができました。何が言いたいかというと、この研究はきっとすごく大変だったということです。 街中のエンジンが昆虫の筋肉に切り替わったら、きっとすごく静かで呼吸の楽な世界になるんだろうな。 応援よろしくお願いします。
by koretoki
| 2009-04-02 19:23
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